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うつ病にかかると、色々なことに関して悲観的な考え方をするようになる。

「全て自分が悪いのだ。自分の能力が劣っているからである。自分は生きている価値のない人間である。そして、他人からもそう思われているのだ。自分がすることは、全て悪い結果を生み出すのだ。うまくいったとしてもそれはたまたまであり、次は失敗するだけなのだ。物事は完璧にうまくいくか、全く駄目であるの、二極のどちらかである。完璧に物事を運ぶことができない私は全く駄目な人間である。私なんかが幸せになれるはずがないのだ。」

頭のなかで浮かぶシナリオは全て自分が悪者であり、自分は生まれながらに欠陥がある人間であると、妄想するようにもなる。
些細な他人の行動も、自分が嫌われているからではないか、全ては自分のせいではないかと、悲観的な方向で結びつけて考えるようになり、最後は、「私なんか死んだほうがましなのだ」と自殺願望を持つようになることも少なくない。

このような発想を持ち出した患者と付き合う近しい人たちは、患者のいうことを鵜呑みにしてしまうと、本当に患者が能力がなく不幸な人間であるのではないかと思うようになってしまう。

しかし、悲観的な考え方をするのは、うつ病という病気のためであり、患者自身が他の人より能力が劣っているわけでも、幸せになれない人間であるわけでもない。うつ病という病気によって、患者自身の考え方が歪んでいるだけであり、患者自身の人格とは何ら関係がないことを忘れないようにしなければいけない。

どんなことが原因でうつ病になるかは、その人によって異なる。
その人の性格や、感情、考え方、生まれ育った環境や、現在の環境も人によって異なるからだ。

したがって、同じくらいの出来事が、ある人にとっては全く気にならない経験でも、別の人にとっては大きな傷になったり落ち込む原因になってしまうことがある。

また、感情表現が上手にできる人もいれば、下手な人もいる。自分が思っていることをどう伝えたらいいかわからなかったり、人に何かを頼まれたとき断ることができず、いつも相手のことを優先させてしまう人もいるからだ。

よって、うつ病の人に対して「そんなこと悩むことではないよ」「考えすぎだよ」「どうしてうまくできないの?」「過去は過去だからいつまでもうじうじしてたらだめだよ」などとという言葉は伝ない。自分にとっては、軽い出来事に見えても、相手にとっては大きな問題であることもあるからだ。

まずは、じっくりと話を聞いてあげて共感してあげることが大切である。「それは大変だったね。わかるよ。ゆっくり休んだらいいよ。」と伝えて、あたたかく見守ってあげよう。

絶対に焦らせてはいけない。また無理に考え方を否定してはいけない。否定されると、突き放された気持ちになり、自己嫌悪に陥らせ、病気を悪化させてしまうからだ。

うつ病にかかる人には、よく考える性格の人が多い。
では、「考えすぎ」はよくないことなのであろうか。

友達や家族に自分の考えていることをそのまま話すと「君は考えすぎだからだめなんだ。そんなに考えていたら疲れるだけだよ、もっと気楽に考えると楽になるよ。」そういわれることがある。
”考える”ということは、本当によくないことなのだろうか。

私はそうは思わない。確かに、雪だるまをつくっていくかのごとく、悲観的な考えはどんどんふくらんでいく場合がある。しかし、自分の考え方が悲観的な雪だるまをつくっていくことをはじめから予想することは難しい。

しかし、自分のなかで決着をつけなければいけない自己問答というものは誰でもある。そして、「思考」というものは人間に与えられた最高の特権である。悲観的になっていくからといって、考えるのをやめることはよくないと思う。悲観的になることで自分が失敗したのであれば、そこから這い上がればいい。一回失敗した人間は大きな力をたくわえることができる。そして、悲観的な考えが切実な希望をうみ、その小さな希望の偉大さを体感することができる。

歴史をリードしてきたのは、多くの迫害に負けずに考え続けた偉人たちである。考えすぎた人たちである。
思考なくして天才・偉人は生まれない。

うつ病の原因は、考えすぎる本人にあるのではなく、それを評価できない人間社会にあるのではないだろうか。考えすぎでつぶれてしまいそうな人に対して、「考えすぎだからいけない」と否定するのではなく、プラスの考え方へとリードしてあげるべきなのだ。人々が、思考から生まれた考えを出し合い、納得できる理論を築き上げていける、そんな社会に我々はしていくべきである。

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