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うつ病は、精神的な病なので、いつもと同じように落ち込んでいるだけなのか、病気なのかはじめはわかりにくいものだ。そのため、「自分は怠惰な人間である」と、自分を責めるようになり、ますますストレスをためてしまう。また家族や周りの人からやる気がない人間であると誤解され、責められたり注意されたりすることが続くこともあるかもしれない。

しかし、うつ病は考えすぎたりストレスをためたりして心がアップアップになった状態なので、そこでまた自分のことを責めたり不安感をつのらせてしまうと、ますます病気が悪化してしまう

もし、自分が普通の落ち込みより長引いており、何もやる気が出ないと感じ出したら、「うつ病にかかったのではないだろうか」と自覚し、医者に見てもらうことが必要だ。患者自身が、病気だと自覚し、理解を深めるなら、治療するという解決策をとることができる。

うつ病は列記とした病気なので正しいケアをすれば治るからだす。また、病気であると診断されると、周りの人の見方も変わってくるかもしれない。

うつ病の人は責任感が強い人、また純粋で繊細な人がかかりやすい病気だ。自分で病気であると自覚しなければ、ますます果たせない物事がふくらんでいき、悪循環な方向にと進む。

よって、できるだけ早く、冷静に自分の病気・症状を知り、やる気のない状態が自分の落ち度ゆえではなく、誰もがかかり得る病気なんだということを知ることが必要不可欠であるといえる。

うつ病にかかる人には、よく考える性格の人が多い。
では、「考えすぎ」はよくないことなのであろうか。

友達や家族に自分の考えていることをそのまま話すと「君は考えすぎだからだめなんだ。そんなに考えていたら疲れるだけだよ、もっと気楽に考えると楽になるよ。」そういわれることがある。
”考える”ということは、本当によくないことなのだろうか。

私はそうは思わない。確かに、雪だるまをつくっていくかのごとく、悲観的な考えはどんどんふくらんでいく場合がある。しかし、自分の考え方が悲観的な雪だるまをつくっていくことをはじめから予想することは難しい。

しかし、自分のなかで決着をつけなければいけない自己問答というものは誰でもある。そして、「思考」というものは人間に与えられた最高の特権である。悲観的になっていくからといって、考えるのをやめることはよくないと思う。悲観的になることで自分が失敗したのであれば、そこから這い上がればいい。一回失敗した人間は大きな力をたくわえることができる。そして、悲観的な考えが切実な希望をうみ、その小さな希望の偉大さを体感することができる。

歴史をリードしてきたのは、多くの迫害に負けずに考え続けた偉人たちである。考えすぎた人たちである。
思考なくして天才・偉人は生まれない。

うつ病の原因は、考えすぎる本人にあるのではなく、それを評価できない人間社会にあるのではないだろうか。考えすぎでつぶれてしまいそうな人に対して、「考えすぎだからいけない」と否定するのではなく、プラスの考え方へとリードしてあげるべきなのだ。人々が、思考から生まれた考えを出し合い、納得できる理論を築き上げていける、そんな社会に我々はしていくべきである。

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