うつ病にかかる人には、よく考える性格の人が多い。
では、「考えすぎ」はよくないことなのであろうか。
友達や家族に自分の考えていることをそのまま話すと「君は考えすぎだからだめなんだ。そんなに考えていたら疲れるだけだよ、もっと気楽に考えると楽になるよ。」そういわれることがある。
”考える”ということは、本当によくないことなのだろうか。
私はそうは思わない。確かに、雪だるまをつくっていくかのごとく、悲観的な考えはどんどんふくらんでいく場合がある。しかし、自分の考え方が悲観的な雪だるまをつくっていくことをはじめから予想することは難しい。
しかし、自分のなかで決着をつけなければいけない自己問答というものは誰でもある。そして、「思考」というものは人間に与えられた最高の特権である。悲観的になっていくからといって、考えるのをやめることはよくないと思う。悲観的になることで自分が失敗したのであれば、そこから這い上がればいい。一回失敗した人間は大きな力をたくわえることができる。そして、悲観的な考えが切実な希望をうみ、その小さな希望の偉大さを体感することができる。
歴史をリードしてきたのは、多くの迫害に負けずに考え続けた偉人たちである。考えすぎた人たちである。
思考なくして天才・偉人は生まれない。
うつ病の原因は、考えすぎる本人にあるのではなく、それを評価できない人間社会にあるのではないだろうか。考えすぎでつぶれてしまいそうな人に対して、「考えすぎだからいけない」と否定するのではなく、プラスの考え方へとリードしてあげるべきなのだ。人々が、思考から生まれた考えを出し合い、納得できる理論を築き上げていける、そんな社会に我々はしていくべきである。
コメントする